すっかり忘れていた、初心の走ることの楽しみ方。

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私のブログのネタは走ってときに思いつくことが多いけど、今回も週末に走ってるときに思いついたこと。

今週末に、私は第1回大会から3年連続で出場している、はが路ふれあいマラソンに出場する。
このコースで陸連公認コースにしても記録が狙えるどこか、走りながら反則では?心で叫ぶようなアップダウンのあるコースだけど、暖かい雰囲気の大会なので、毎年出場している。

走りながら、週末のはが路ふれあいマラソンをどう走ろうか?と考えていた。
走ることに対してのモチベーションが落ちて、練習量もかなり減ってるので、きつい修行の時間になるかな?と…。
モチベーションが低迷してから久しい、普段走ることも、義務的というか走らないと大会が苦しくなる、体重が増えるとかと自分を追い込むようにして仕方なく走ってるいることが多い。

そんなことを考えながら走っていたら、交差点で信号待ちをしているときにふと、頭に浮かんだこと

「あれ?ここ左折するどこに行くんだったかな?」

と…

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これが頭に浮かんだときに、あれ?走り始めってこれじゃなかったか?と…
走る前は、車でしか通ってなかった街中の道を走って探検するように走る、路地裏だったり、民家の間だったり、行き止まりだったり、ただ走るだけじゃなくて、時計とにらめっこして走るだけじゃなくて、街中の新しい発見をしながら走ったり。

時々張り切り過ぎて、遠くまで行きすぎて、電車に乗って帰ったり、トボトボと歩いて帰ったこともあったよな…と。

しかも、GPS時計は、距離を把握する以外にも、知らない道を走って、どこをどう走ったか、どこで道に迷ったか、どの辺りをどう走ったかを確認する為に使っていたり。

地図を見るのが大好きな私は、その自分で走った軌道を見るのが楽しかったりしてね…。

今じゃ、何キロコースといういくつかのバリエーションルートを選んで走るだけ、どこの地点が何キロ地点くらいは時計がなくても把握してるレベル。
それだとスタート前から、地点での苦しさまで想像出来るような状態でスタートするから、楽しさより義務的な印象が強くなる。

なんか忘れていた楽しみ方を思い出した感じ、最近、走ることがばかりが目的になっていて、走ることは楽しむ為の移動の手段であるという走り方を忘れていたかもしれないな…と。

そんなことを考えながら走っていました。
実は、もう一つ全く違うことを考えてながらも走っていたけど、これはまた別の機会に…。

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