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タイトル

走ることは禅の要素はあると思うけど、ロードとトレイルとワラーチでも違うと思ったお話。

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いきなりだけど、禅ってお寺とかで良く聞くけど、正しい意味は何だろう?と思って調べると

禅とは「精神を統一して真理を徹見する」するという意味らしい。
他には要するに精神統一して瞑そうするみたいなことを書いてるところもあった。

ランニングは、禅だという人が居るけど、私はあながち間違ってないな…と感じてる。

実際、私は走ってる間は、距離やペースで頭が一杯っていうことはなくて、色々なことを考えていて、ある意味精神統一というか自分の考えを整理するという意味では、禅と呼んでいいのか分からないけどそれに近い時間。

でも、そんな私なりの禅の時間だけど、ロードを走ってるときは、まさに自動運転状態のときにそうなる。
身体は動かしてるけど頭では別みたない状態。

本当にいろいろなことを考える、仕事のことだったり、家族のこと、やらなきゃないけことの整理だったり、ブログのネタなんてことも考えたりする。
お寺の修行的な無になる禅とは違うけど、精神統一して一つのことを考えるという意味では、まさに禅かと。

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そんな禅の時間もトレイルだとまた別。

トレイルだと、目の前に、次から次へと対処しなきゃないけないことが表れる、足の置き方、角度、力の加減等、そんなことをずっと考えることに精神を統一するそれが禅の時間かと、そしてあるときふと開けた景色とかで、しの集中した神経を一気に解放することも、心には良い作用がある感じがする。

そしてワラーチも私の中では別の禅で。

走るときに、シューズロードを走るより半分意識は足に集中する、でも、トレイルほど集中し続けるほど足もとには集中しない。
一定で脳に一部を使ってる感じ、もしかしたら禅で言ったら、もくぎょ音のように、一定ビートのBGMのような作用の中で、頭の一部で別のことを意識しながら、他に色々なことを考えるみたいな時間。そんな作用がワラーチを履いて走るとある気がする。

この感覚はたぶん私なの感覚で、人によって走ることに対する取り組み度合いが違うように、感じ方も違うんでしょうけどね。
あくまでも私個人が感じる禅的な走ることのご紹介でした。

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