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年齢ともに要らないプライドは捨てた方が良いと思うこと。

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私もそろそろある程度の年齢ですよ。
もじゃもじゃと生えてからかなり経ちました。毎日の猛暑でしっとりしちゃいそうですけど…って余談ですが。

子供の頃に描いていた今の私の年齢は、もう凄い大人で何でも自分で判断出来て、凄く大人だ!!って勝手に思っていたけど
実際、自分がその年齢なってみると、悩み事は多くて、迷うことばかりで、不安はいつもあったりして、実際にその年齢になってみないと見えない景色ってあって、たぶん、この先も年齢を重ねて行くことに、また今まで見なかった景色が見えてくることになるんだと思う。

そう感じる中で、今の私が一番強く感じて、自分の肝にも銘じてること。それがタイトルの

「年齢ともに要らないプライドは捨てた方が良い」

と思っている。

実はプライドについては、前にもブログで生きるために必要のないプライド捨てた方が良いという記事を掲載したことがあるけど、
それと似たような話だけど、昨日帰り道にふと改めて感じた。

年齢ともに、立場や責任というものを背負うことによって、より高い次元の自分を目指す?要求されることが増えてくる。

するとより高い次元を目指すということによって、自分のあるべき理想の姿が出来上がる。
その姿が出来上がると、自分の中で、自分はこうあるべきだ!というプライドが出来上がる。

このこと自体は決して悪いことではないと思っている。
プライドが出来上がるということ、高い次元を目指すことを背負う覚悟が出来ているということになると思うから。
だから私は、これは必要なプライドだと思う。

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ただ、このプライドがあまりにも頑なに固執しすぎると、人に何かを聞いたり、要求されたことを出来ないと言うことを躊躇するようになったり、学んだり教えてもらうことを躊躇するようになったり、失敗を認めることを躊躇したりする大人が出来上がる。

そんな要らないプライドが年齢ともに芽生えることがことが多くなる気がする。

それがあまにも強くなりすぎると、

仕事で必要な知識を得るためにや、スキルを得るために、年齢も関係なく、聞いたり頭を下げたり出来なくなったり、
資格の勉強とかでも、知らない、わからないをことを素直に認めて、本当に基礎的なことが出来なくなってり。
最後には、人の話を聞かなくなったりね…

成長のチャンスを自ら失うことになる気がする。

そんな成長の機会を自滅させるような人間にならないためにも、要らないプライドは捨てた方が良いって、今の歳で感じてます。
これが、あと10年後には全く違うことを言ってるかもしれないのが、生きることってことかもしれないけど。

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