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器用に生きることが出来ない人は同じことを考えるのかと思ったこと

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昨日、光浦靖子さんのこの記事を読んで、私は凄く共感を覚えたし、同じような歳になると同じようなことを考えるのか?とも思った。

実は4月からカナダに留学する予定でした。レギュラー番組に休みをもらい、マンション退出の手続きをし、入学金を振り込み、後はヒートテックの肌着をもう5枚買って……の時にコロナパンデミックがやってきました。…

自分がどうして周りのみんなのように器用生きられないのか?とか、器用に生きてる人を見て羨ましいと思ったことのある人なら、何か伝わってくるものはあると思う。

私もそんなことを感じる一人でね、自分に足りない部分について、自分を常に責めたり、劣等感を感じたり、そんなこと感じてるそぶりを全くみせないように、隠したり、避けたり、逃げたりしてね。
今の時代なら、こういう症状に病名を付ける人は居そうだけど。

でも、年齢のせいかな?、私も光浦靖子さん全く同じようなこと考えていてね。

私の周りには色々なことに長けている人達が沢山いる。

走ったら、サブスリーどこから、サブ50とか45とかそんなタイムで走れる人や、勉強についても、1ヶ月の勉強とかで難しい試験に合格しちゃったり、語学にしても結構普通に英語とか話せる人が沢山いたりしてね

私は、走ってもさして速くなれなかったし、勉強もさほど難しいくない試験に向けて、かなり時間を割いて勉強してそれでやっと合格するタイプ。英語については、光浦靖子さんと一緒で避けて避けて避けまくって生きてきた。

そんな自分をやっとこの歳になって、それが私なんだと思えるようになってきた。そしてそんな一つのことも長けてない自分を受け入れて、一つのことを突き詰めることを止めた。

走って速くなることよりも、走ることを移動の手段として他に目的にを持つことにしたし、勉強も、難しい試験よりも、広く浅く色々な分野の勉強をすることに切り替えた、英語については、もう一度中学生英語からやり直し始めた。

そして、一番考え方が変わったのが、そのこと全てが、何かのためや誰かのためじゃなくて、自己満足だけだということ。
仕事にも関係ないし、誰かに期待されてやってる訳でもなくて、それを発揮する予定も今のところはない、勝手に自分で目標を掲げて、そこに向かって自分の脚で進んでるだけ。

誰かと比較したり、期待されたりしてないから、、不器用もない、自分が努力すれば前に進むだけ、それ以上でもそれ以下でもない。

もしかしたら、何が楽しくてそんなことしてるの?と思う人も居るかもしれないけど、これが今の私には結構楽しい。

マラソンを走ってるときに、トップはゴールしたことを羨ましがることよりも、自分が走って前に進むことに充実感を感じた方が楽しいからね

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