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多分、私の原動力はああなりたくないだと思う。

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人は年を重ねると、ある日、手に入れた物よりも手に入らなかったことの多さに気付いてきて、夢なんて叶わないというよりも、
大抵の人は、叶えるほどの努力をしてこなかった自分に気付くんじゃないかな?と思ったりする。
本当に夢を手に入れた人の努力は、自分の何十倍もしているからね。

日本の社会って少し泥臭く努力することを格好悪いと感じさせる傾向があると思う。
そう思わせのはたぶん、努力することを諦めた人達がそれだけ居て、そんな人達が仲間を増やそうと訴えた声がそんな空気にさせてるような気がする。

今回は努力について書こうと思ってなくて、努力をするには目標やきっかけが必要でね。

ラグビーをやってたときは、ああいう選手になりたいとか、社会人になってかも、ああいう生き方に憧れるな…と思って、自分の生き方のベクトルとして、その目標を意識してきたつもり。
もろちん、そこまでたどり着けてないので、私はここでも努力が足りなかった人間だとは思うけど。

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ただね、歳を重ねてきて少しその目標やきっかけが変わってきてることに気付いてね。
その変わってきたことっていうのが、この記事のタイトルにあるような、

「ああなりたくない」

要するに、ああいう人みたくなりたくないっていう意味だけどね。
もしかしたらとってもネガティブな発想なのかもしれないし、目標やきっかけは、常に前にあるものだけど、私の「ああなりたくない」は後ろにあって、ある意味デッドラインを自分で引いている。
最近は、そんな風にして自分の進むべき方向を決めているような気がする。

10年後、20年後の自分の姿をイメージするのに、現状からの推移とああなりたくないイメージを排除して、その為に今やらなきゃいけないことを考える。

何だかそんな風に自分の進む方向のベクトルを決めていきているような気がする。
たぶん、このアプローチの方が、目標やきっかけのハードルが高くなくて、より現実的に自分の進む方向が見えてくるような気がしてね。

何を伝えたい記事かさっぱりわからないけど(笑)

ベクトルが真下を向いて今だけを考えて楽しむような生き方はしたくないな…とだけは常に思って居ます。
方向性を持ちながら今の努力を楽しむ、それが私は正解だと思う。

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