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学校では教わらなかったこと。

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先週末の日曜日のこと、前日の土曜日に友人と牡蠣小屋で牡蠣をふんだんに食べてついでにホタテも食べて、締めのラーメンまで頂いて…

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要するに食べ過ぎ、飲み過ぎで翌日起きたら走る気が全く起きなかったことを書きたい訳だけど。

そんな状態で家でダラダラとしていたら、中学生の娘が先週で期末テストが終わったらしく、採点された答案が返却されて数学の出来が良くなかったとのこと。
私は、中学校までは数学が一番の得意科目だったので、じゃあ数学だけ解くよ!と問題用紙をもらって私も解いてみた。
本当にズルなしの制限時間50分まで計りながら解く。

実は、息子の高校受験で数学だけ教えていたことがあって中学数学の感覚は覚えていて、用語の問題以外はほぼ完全に解くことができたのだが…

そんなことをしていたときに、思い出したこと。
学生のときに勉強なんて正直仕方なくやっていた、ましてやマラソンなんて本当に出来ることならやりたくなかった。
でも、今は、数学とかだって勉強してみたいと思ってるし、ましてやマラソンなんて市民ランナーとしてお金まで払って参加してるレベル。

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そう考えると、学校では学ぶ楽しさや、身体を鍛える楽しさって教わらなかったよな…ということに気づいた。
全ての対してやらされている感じがして、自分から率先してやることは少なかったような??

たまに教育者みたな評論家が、学ぶ楽しさを感じれば、勉強はどんどん伸びます!みたいなことを言うけど、じゃあ学ぶ楽しさはどこで学ぶの?って思ったり。

学校では教えてもらってないけど、大人になって、気づいたこと、それは、学校でやることって常に外的な評価に晒されていたような気がする。
他の人と比べられて、良かった、悪かったとか、価値基準が点数とかの一通りしかなかったようなような気がする。
だから、その価値基準よりも低いものは、自分の中で苦手だと意識して遠ざける。

今になって気づくことは、好きで長く続けたいと思うことがあったら、外的な評価なんて無視して良いんだと思う。
なかなか若い頃は外的な刺激に敏感だから難しいかと思うけど。

走ることにしても前にツイッターでこんなことを呟いたことがある。

走ることも誰かと比べたり、タイムで評価されるようなことがあったら、たぶん途端につまらなくなるし、やる気もなくす。
大人になったら、仕事でイヤでも外から評価されることはあると思うから、それ以外のことは他には迷惑をかけないで自己満足の世界に浸って良いんだと思う。

語学だって、数学だって、マラソンだって自分の価値基準で学ぶのが絶対に一番楽しく学ぶことが出来ると思う。
学校では教わらなかったけどね。

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小江戸大江戸200kまで2017年3月月4日
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