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時間に意味を持たせながら生きているのかも?

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今回の記事は、私らしい小難しい内容の記事かもしれない…

私のブログが多少過激な記事を書いても、炎上しないのはたぶん、こいつ性格的にこういう面倒くさいところがあるに違いない!という側面を見せてるからかもしれないと思ってるけど、今回はそんな記事。

昨日の帰りの道のこと、職場近くの高層ビルから沢山の人が出てきて家路へと足早に歩いてる。

そんな風景を見ていたら、良くある時間が止まる映像で、全ての人の動きが止まるシーンを思い出した。沢山の人が歩いてるのがピタっと止まって、自分だけ何故か動けて、倒してこぼれそうな飲み物とか空中で止まっちゃったりしちゃってるシーン。

そんなシーンを思い浮かべていたら、ふと時間が止まると、本当に人の動きも止まるのだろうか?と思った。

そもそも時間というものは、人間が作り上げた概念だけど、別に人や物が動いてるから時間が流れてる訳ではなくて、何もなくても時間は流れるのだから、時間には人や物は関係なくそもそも次元の違う話ではないか?なんて難しいことを考えたりした。

でも、人からすると時間という流れは、どうやっても止めること早めることもゆっくりすることも出来ない存在で、科学者の中には時間の速度は変えられる!と唱える人が居るかもしれないけど、実際に止めた人は見たことはない。

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そんなことを考えていたらね、ふと思ったことは、時間は何かをしていても、何かをしていなくても流れていく、要するにボーっとベンチに座っても、読書してても、参考書を開いて勉強してても、走っていても、恋人と過ごしいても、家族と過ごしても、もろちん仕事で頭を悩ましていてもだ。

そんな風に考えたら、充実した日々を過ごすということは、その時間の流れに意味を持たせることをどれだけしているか?ということのような気がしてきた。

逆にその意味を全くもたない時間を過ごしてるときが、一番の時間の無駄遣いということなのかも?と。
走ってる人は、恐らく、時間という感覚は結構敏感な人は多いと思うけど、だからって普段から時間に意味を持たせるとは思わないけどね。
そんな意味を持たせた時間が過ぎていけば、きっと、色々なものが積み上がっていくような気がする。

人生の折り返し地点は過ぎちゃったけど、まだ時間は流れてるからね。

なんて、人間性を疑うようなツイッターの呟きの裏側で思っていたりするのです。

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