2026年5月2日:術後4日目
術後4日目の朝を迎えました。
夜の間に熱が上がり、解熱剤を使って少し下げてもらったことで、多少は眠ることができました。
それでも、しっかり眠れたのは2時間くらいだったと思います。
それ以外は眠りが浅く、何度も目が覚めてしまいました。
毎日、夜にぐっすり眠って、朝起きたら、
「すごく回復している!」
という状態を期待していました。
でも、現実はまったくそんな感じではありません。
眠れない夜が続くのは精神的にもかなりつらく、この日から寝るときに眠剤を出してもらうようお願いしました。
体調としては、まだ熱が続いていました。
ただ、午前中はできるだけ自分で歩くことを意識しました。
病棟内は1周約100メートル。
その日は20周くらい歩いたと思います。
病棟はゴールデンウィークに入っていたこともあり、少し静かな感じがしました。
それまでの私は、自分のことで精一杯で、病棟を歩いていても他の患者さんを見る余裕がほとんどありませんでした。
でも、少し歩けるようになってくると、周りの様子も少しずつ目に入ってきます。
同じ病棟の中で、いろいろな患者さんが、それぞれの病気や不安を抱えながら過ごしている。
そんなことを、あらためて感じました。
この日は朝にX線撮影もありました。
病棟を出るのは、入院してから5日ぶりくらいです。
エレベーターで5階から2階へ移動し、少し廊下を歩く程度でした。
それだけのことなのに、かなり気分転換になりました。
病棟の中だけで過ごしていると、外の世界から切り離されたような感覚になります。
ほんの少し別の場所へ移動しただけで、気持ちが少し前向きになれました。
また、この日あたりで、背中から入っていた痛み止めの管も外れたと思います。
体についていたものが、ひとつずつ外れていく。
それだけで、少しずつ治療が進んでいるのだと感じました。
ただ、やはり午後になると熱が上がってきます。
全身がだるくなり、ベッドで横になって過ごすつらい時間がありました。
「この熱は、いつになったら下がるのだろう」
そう思うと、不安になりました。
2026年5月3日:術後5日目
この日の夜は、眠剤を使って眠りました。
それでも夜中に何度も目が覚め、すっきり眠れたという感じではありませんでした。
ただ、術後5日目になると、体を起こすことはだいぶ普通にできるようになっていました。
寝たきりに近かった術後1日目のことを思うと、それだけでも大きな変化です。
一方で、咳などでお腹に力が入ったときの激痛はまだ続いていました。
咳をするたびに、手術した場所に響くような痛みがあります。
この日は、ゴールデンウィーク中に片付けておかなければならない仕事がありました。
朝のうちにパソコンを立ち上げ、少し仕事をしようとしました。
すると、汗が滝のように出てきました。
自分でも、何か別の病気なのではないかと思うくらいでした。
集中しようとすると、交感神経が乱れるような感覚がありました。
仕事をしようとしても、30分くらいしか集中力がもちません。
何回かに分けて、少しずつ対応しました。
「本当にこれで仕事復帰できるのだろうか」
このときは、そんな不安もありました。
そしてこの日、お腹の廃液を出すための管が2本あったうち、1本が抜けました。
尿道カテーテルも、この日あたりに抜けた気がします。
尿道カテーテルはその頃には少し痛みも感じていたので、抜けたときは本当にほっとしました。
熱は37度くらいまで落ち着いてきていました。
その日の主治医の回診で、
「順調に回復しています」
と言われました。
そして退院についても話がありました。
ゴールデンウィーク中のため、退院前に栄養指導を受けてから退院するなら5月7日。
退院後の最初の外来診察で栄養指導を受ける形にするなら、5月5日に退院できるとのことでした。
私は即答しました。
「5日退院でお願いします」
退院日が決まった瞬間、気持ちが一気に前向きになりました。
家族に連絡し、退院の日に迎えに来てもらうお願いをしました。
2026年5月4日:術後6日目
眠剤を使っても、やはりよく眠れませんでした。
長い夜を過ごして、朝を迎えました。
ただ、この日は体についている装備が、お腹から廃液を出す管1本だけになっていました。
それだけでも、体がかなり軽く感じます。
動ける。
自分で歩ける。
体にぶら下がっているものが少ない。
それが、こんなにも嬉しいことなのかと思いました。
この日は、再度X線レントゲンの検査がありました。
採血は毎日ありましたが、だんだん血管が見えにくくなってきたのか、いろいろな場所から採血されるようになっていました。
そして、最後に残っていたお腹の廃液を出す管も抜けました。
午前中には最後の点滴も終わり、ついに体につながっている装備がすべて外れました。
体に何もつながっていない。
その爽快感は、想像以上でした。
その勢いで、私は病棟を抜け出して、隣の病棟の1階にあるコンビニへ行きました。
そこで『こち亀』を買いました。
たぶん、本当は何でもよかったのだと思います。
食べ物はまだ自由に食べられません。
でも、何かを自分で選んで、自分で買うという行動をしたかったのだと思います。
それだけで、少し自由を取り戻したような気がしました。
コンビニまで行く途中の景色も、いつもより明るく見えました。
そしてその日の夕方、8日ぶりにシャワーを浴びました。
もちろん、それまで体を拭くなどはしていました。
でも、シャワーを浴びるのはまったく別です。
髪の毛を洗ったときは、3回洗って、ようやくこれまでの汗や汚れが落ちたような気がしました。
入院したときに借りたレンタルセットのシャンプーや体を洗うタオルは、この1回のために準備されていたのだなと実感しました。
シャワーを浴びたあとは、翌日の退院に向けて荷物をまとめました。
いよいよ明日退院できる。
そう思うと、本当に嬉しかったです。
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2026年5月5日:術後7日目、退院の日
いよいよ退院の日の朝を迎えました。
体重を測ると、術前から2kgくらいしか減っていませんでした。
この病気の手術をした人は、数か月で体重が10%くらい減ることもあると聞いていました。
それなのに、私はあまり減っていません。
「自分は減らないタイプなのだろうか」
そのときはそう思いました。
ただ実際には、点滴の日々で体がむくんでいたため、体重があまり減っていないように見えていただけでした。
それが分かるのは、もう少し後のことです。
朝9時ごろ、息子が迎えに来てくれました。
退院手続きを行い、10時前には息子に荷物を持ってもらって病院を出ました。
息子の運転する車で、自宅へ向かいます。
入院してから8日ぶりの帰宅です。
体の中は、手術前とは変わっています。
お腹には傷もあります。
声もまだ出しにくい。
体力も落ちています。
それでも、無事に家へ帰ってこられたことに、心からほっとしました。
家に着くと、午後には自分の布団で昼寝をしました。
病院のベッドではなく、自分の布団で眠れる。
それだけで、とても安心しました。
手術は終わりました。
入院生活も終わりました。
でも、これで元どおりの生活に戻れるわけではありません。
ここからは、落ちた体力を少しずつ戻し、食事の変化に慣れ、自分の体と向き合いながら過ごす日々が始まります。
退院はゴールではなく、回復への新しいスタートでした。
