術後1日目:なんとなく状況はわかってきたのだけれども…

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2026年4月29日。
術後、初めての朝を迎えました。

とはいっても、前日の夜はまったく眠れませんでした。

体は動かせない。
自分の体が今どうなっているのかも分からない。
何がどこにつながっているのかも把握できない。

姿勢を変えることもできず、背中は猛烈に痛くなっていました。

スマホも手元にありませんでした。
もしかしたらICUに入る可能性があると言われていたため、前日に荷物を全部まとめて鞄に入れてしまっていたからです。

誰にも連絡できない。
時間も分からない。
体も動かせない。

ただただ、本当に辛い時間でした。

それでも、少しずつ外が明るくなってきました。

「ああ、やっと朝が来たんだ」

そう思った瞬間、少しだけほっとしました。

夜通し走るウルトラマラソンでも、朝日を見ると少しだけ復活することがあります。
それに近い感覚でした。

夜中の時間は、それくらい長く、つらく感じました。

正直、このときは、
「絶対にもう病気になりたくない」
と本気で思いました。

朝早く、看護師さんが採血、体温、血圧の測定に来てくれました。

背中と腰があまりにも痛かったので、私は看護師さんに聞きました。

「ベッドを起こすのはダメですか?」

すると、

「術後1日目なので、まだダメです」
「10時ごろに先生の回診があります。その後は、うがいはできるかもしれません」
「午後には歩いてもらいます」

と言われました。

ただ、寝返りについては、横向きになるくらいならよいと言われたと思います。

でも、体にはいろいろな管や機械がつながっています。
手術した場所がどうなっているのかも分かりません。

少し動いただけで、手術したところが開いてしまうのではないか。
そんな怖さがあり、簡単には動けませんでした。

そんな状態なのに、午後には歩くと言われました。

手術前に説明されたクリティカルパスには、確かに「手術翌日に歩行」と書いてありました。
でも、実際にその状態になってみると、

「本当に歩けるのか?」

という気持ちしかありませんでした。

また、血中酸素濃度が少し低かったようで、看護師さんから、

「苦しくないですか?」

と聞かれました。

ただ、自分ではそれほど苦しさは感じていませんでした。

術後に早く歩くのは、人工呼吸でしぼんでしまった肺を広げ、肺炎などの合併症を防いだり、回復を早めたりするためだそうです。

そのため、できるだけ多く歩くように勧められます。

とはいえ、その姿は自分でも想像できます。
管や機械をぶら下げながら、病棟内をゾンビのように歩く自分です。

この日の朝、看護師さんから、

「口の横のところは経過を見ますので、写真を撮りますね」

と言われました。

そのときの私は、まだ自分の顔を一度も鏡で見ていません。
そのため、

「口の横? 何のことだろう?」

と思っていました。

あとから分かったことですが、手術時間は約12時間。
その間、人工呼吸器の管が口の端に長時間当たっていたため、口の横に傷ができ、腫れていたようです。

それを理解できたのは、数日後のことでした。

同じように、人工呼吸器の管が長時間声帯に当たっていた影響なのか、声もほとんど出ませんでした。
喉は扁桃炎のように腫れている感覚がありました。

痛みについては、ただ横になっているだけなら、痛み止めが効いているのか、強い痛みはそれほど感じませんでした。

ただ、喉の違和感から痰が出たり、咳き込んだりすると、地獄でした。

お腹の下の方に、ものすごい痛みが走ります。
本当に痛くて、涙が出るほどでした。

できるだけ咳をしたくない。
でも、我慢しようとすると逆に咳き込んでしまう。

この痰と咳との戦いは、咳き込んだときのお腹痛みは本当に何かの罰ゲームのように苦痛でした。

10時過ぎ、主治医の先生ではなかったと思いますが、先生が来て手術した場所を確認してくれました。
その後、看護師さんがガーゼなどの交換をしてくれました。

声については、

「次第に良くなるので安心してください」

と言われました。

ただ、実際に声が良くなるまでには、2か月くらいかかりました。

その後も、基本的には横になっていることしかできませんでした。

そして午後。
看護師さんが来て、

「歩きます」

と言われました。

ついに来たか、という感じでした。

体を起こしてもらって、そこで初めて、自分の体に何がつながっているのかが少し分かりました。

お腹の両脇には、手術した場所の廃液を出すための管と、廃液をためるタンク。
下半身には、尿をためるための尿道カテーテルと袋。
顔には酸素マスク。
左腕には点滴。
指先には血中酸素を測るパルスオキシメーター。
背中には痛み止めを入れるための管と、痛み止めのタンク。

自分の体に、いろいろなものがつながっていました。

「この状態で、どうやって歩くのだろう」

本気でそう思いました。

看護師さんの指示で、点滴の棒にいろいろな装備をぶら下げていきます。
管やコードが多すぎて、絡まったり引っかかったりして、準備だけでも大変でした。

それでも何とか準備が整い、病棟内を1周歩くことになりました。

1周、約100メートル。

お腹の手術したところが引っ張られるような感覚があり、体をまっすぐ起こすことができません。
前かがみになりながら、ゆっくり歩きました。

病室のベッドに戻ってくると、看護師さんから、

「明日からは、病棟内をどんどん歩いて大丈夫です」

と言われました。

でも、そのときの私は、

「この状態で、どんどん歩くなんて本当にできるのか」

という気持ちでした。

たくさんの管や機械をぶら下げ、痛みに耐えながら歩く。
それを明日から何度もやるのかと思うと、少し心が折れそうになりました。

痛み。
不自由な体。
自由に動けないこと。
水も飲めないこと。
声も出しづらいこと。

こんなにもエネルギーを削られるのかと思いました。

本当に自分は回復するのだろうか。
この状態から、普通に歩いて、食べて、生活できるようになるのだろうか。

そんな気持ちになりました。

病室でほとんどの時間を横になって過ごしていると、同じ4人部屋の他の方たちの様子も少しずつ耳に入ってきました。
医師との会話などから、他の3人は大腸癌で入院しているようでした。

病院にいると、健康だったときには見えていなかった現実が、急に近くに感じられます。

多くの人が、健康は大切だと頭では分かっていると思います。
でも、元気なときは、どこかで自分とは関係ないもののように思ってしまう。

私自身も、そうでした。

結局、本当の意味で健康のありがたみが分かるのは、それを失いかけたときなのかもしれません。

そんなことを考えながら、術後1日目が過ぎていきました。

手術は終わった。
なんとなく、自分の状況も分かってきた。

でも、回復への道のりは、まだ始まったばかりでした。

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