2026年4月28日。
いよいよ手術当日の朝を迎えました。
前日の夜は、ほとんど眠れませんでした。
眠りはとても浅く、夜中に何度も目が覚めました。
朝方にお通じがありました。
昨日の夕食が出てくれたのだと思い、少し安心しました。
手術後に動けない状態でトイレに行きたくなったらどうしよう。
そんなことまで心配していたので、ひとつ不安が減ったような気がしました。
朝は、ぼーっと窓の外を眺めていました。
でも、心はまったく落ち着きません。
6時ごろ、看護師さんが来て、体温や血圧を測ってくれました。
そして、手術着と、手術用の紙パンツのようなものを置いていきました。
私はそれに着替えました。
手術着に着替えると、いよいよ本当に手術なのだという実感が強くなります。
もう、逃げることも、先延ばしにすることもできません。
8時過ぎに、家族が手術の立ち会いのために来てくれました。
前日の夜に聞いた、ICUに入った場合は荷物を持ち帰ってもらう必要があることを、もう一度伝えました。
その後は、家族と少し談笑しながら時間を過ごしました。
ただ、頭の中は手術のことでいっぱいです。
手術時間は10時間ほどと聞いていました。
自分が手術を受ける不安もありましたが、家族を長時間待たせてしまうことにも申し訳なさがありました。
8時30分ごろ、私は病室に戻りました。
そして8時40分ごろ、看護師さんから声をかけられました。
「手術室へ向かいます」
その言葉を聞いた瞬間、体の中がすっと緊張しました。
頭に、髪の毛を覆う手術用のキャップをかぶります。
そして病室を出る途中で、家族に声をかけました。
「行ってくるね」
手を振りながら、病棟を出ました。
エレベーターに乗るまで、家族が見送ってくれました。
私も何度か振り返って、手を振りました。
手術室はどこにあるのだろうと思っていましたが、病室のある5階からエレベーターで2階へ下りると、すぐ近くに入口がありました。
そこはセキュリティカードがないと入れない場所でした。
中に入ると、手術室へ向かう人が2人ほど並んで待っていました。
別の建物の1フロアーが全てが沢山の手術室で埋まってる感じです。
順番に担当の看護師さんが出てきて、名前と生年月日を確認します。
私も名前と生年月日を答えました。
「18番手術室です」
そう言われ、看護師さんと一緒に手術室へ向かいました。
18番。
ということは、この中にはいくつ手術室があるのだろう。
そんなことを考えながら歩いていました。
いくつもの手術室の扉が並んでいて、その光景に圧倒されました。
しばらく歩くと、看護師さんが声をかけてくれました。
「手術室の中は少し眩しくて、人もたくさんいます。びっくりしないでくださいね」
そして、18番手術室の前に到着しました。
自動ドアが開きました。
その瞬間、緊張は一気に頂点に達しました。
確かに、手術室の中は眩しかったです。
そして、たくさんの人がいました。
人の動き、会話、機械の音。
いろいろなものが一度に目と耳に入ってきて、かなり慌ただしい印象でした。
手術室は広かったと思います。
でも、周りを見る余裕はまったくありませんでした。
中央に小さなベッドがありました。
「左肩を下にして横になってください」
そう言われて、私はそのベッドに横になりました。
記憶の中では、そのベッドはとても小さく感じました。
「この小さなベッドの上で、これから大きな手術をするのか」と思ったことを覚えています。
横になると、周囲の医師や看護師さんたちの会話が聞こえてきました。
何か急に、内視鏡を準備するよう指示が出たようでした。
「急ですね」
「もっと早く言ってくれれば」
そんなやり取りが聞こえました。
手術前の私は、そんな何気ない会話まで気になってしまいます。
何か予定と違うことが起きているのだろうか。
そう考えて、また不安になりました。
脚には、温風が出るビニールの布団のようなものがかけられました。
温かい風を感じました。
これは体を温めるためなのだろうか。
それとも、緊張をほぐして麻酔が効きやすくなるのだろうか。
そんなことをぼんやり考えていました。
その間にも、体温、血圧など、いろいろなものが慌ただしく確認されていきます。
ベッドの上で、体の向きや姿勢を細かく調整されました。
そして、言われました。
「もうすぐ麻酔を入れますので、背中を丸めてください」
言われた通りに背中を丸めます。
「それでは麻酔を入れます。眠くなりますね」
そう言われた瞬間から、私の記憶はありません。
次に記憶として残っているのは、病室に戻ってきたときでした。
看護師さんの声が聞こえました。
「病室に戻ってきましたよ」
「背中に痛み止めがつながっています。痛かったら、右手に持っているボタンを押してください」
「左手にはナースコールのボタンを持ってもらいます。何かあったら押してください」
そして、
「それでは、ご家族を呼びますね」
そう言われたのを覚えています。
次に意識が戻ったとき、家族が来てくれていました。
「どう?大丈夫?」
妻の声が聞こえました。
答えようとした瞬間、自分でも驚くほど喉が痛いことに気づきました。
声を出すのもつらいほどでした。
そして、猛烈な寒気がありました。
私は扁桃腺が弱く、昔から高熱を出すことが何度かありました。
そのときの悪寒に似ていました。
「すごく寒い」
なんとか妻に伝えました。
妻が看護師さんに伝えてくれて、電気毛布のようなものをかけてもらいました。
実際にそれが電気毛布だったと気づいたのは、数日後のことでした。
しばらくして、家族は帰っていきました。
その後、私はまた眠ってしまったのだと思います。
次に目を覚ましたとき、病室は真っ暗でした。
窓の外も真っ暗でした。
そこで、ふと思いました。
そういえば、食道は全部取らずに済んだのだろうか。
それとも、食道を全部取る手術になったのだろうか。
もし食道を全部取った場合は、鎖骨の下にも傷ができると聞いていました。
でも、自分の体がどうなっているのか、まったく分かりません。
確認したくても、体は思うように動きません。
自分がどんな手術を受けたのか分からないまま、ただベッドの上にいました。
次に看護師さんが体温などを測りに来たとき、喉の痛みをこらえながら尋ねました。
「今、何時ですか?」
看護師さんは、
「23時です」
と教えてくれました。
手術は何時間かかったのだろう。
そんなことを考えました。
そういえば、途中で外の明るい光を見たような記憶がある。
主治医の先生に、
「ほっとココアさん、食道を全部取らずに済みましたよ」
と言われたような記憶も、ぼんやり浮かんできました。
でも、それが本当にあったことなのか、自分の願望で見た夢なのか分かりませんでした。
後日、手術時間は約12時間かかったことを知りました。
そして、手術が終わったのは外が明るい時間ではなかったことも分かりました。
つまり、私の記憶はかなり曖昧だったのだと思います。
ただ、この23時に目が覚めてから翌朝までが、本当に地獄のようにきつい時間でした。
体は動かせない。
腰は痛い。
喉は痛い。
水も飲めない。
寝返りも打てない。
口には酸素用のマスクがついている。
とにかく、朝までの時間が長くて仕方ありませんでした。
手術は終わった。
でも、自分の体がどうなったのかも、まだはっきり分からない。
そんな状態のまま、私は術後1日目の朝を迎えることになります。

