隣の芝生が青く見えるのは、もしかしたら青くないかもしれないと思ったお話。

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SNSっていうリア充自慢のシステムが出来上がって久しいけど、そのSNSで劣等感を感じちゃう人は、それが原因で鬱になる人も居るとか…。
私も、正直思いますよ、この人頻繁にラーメン食べてるけど、太ったとか聞かなくて羨ましいな…とか、毎週のようにどこから走りに行っていて、時間が自由に使えて羨ましいな…とか、遠征で大会に頻繁に参加していて経済力があって羨ましいな…とか。
本当に、自分の状況と比較して、そのことで劣等感を感じたりしてね。隣の芝生はとっても青々としているように見える訳です。

でも、冷静に考えると一日は24時間というのは誰にでも共通していて、お金については誰にでも有限なもので、食べられるものも無限に食べられる訳ではないということは、誰にでも共通していてね。

結局は、SNSでリア充自慢して掲載している人も、その分、時間やお金や場合によっては周りの協力?迷惑?我慢?という犠牲を払っている訳で、ただその部分については見えていないだけでね

逆には、私はSNSに載せられるようなリア充な時間を過ごしてなくても、時間やお金を家族の為に使ったりしてね。
家族の為に時間やお金を使うって、どうしても自分は犠牲的な意味合いで受けがちだけど、たぶんその分も自分にも跳ね返ってきてる恩恵も沢山あって、あまりにも日常過ぎてそのことに気づきにくいだけでね。
ただ、一番やっかいないのは、周りの我慢や犠牲に気付かずにその点のフォローもせずに自分のリア充命で生活してるタイプの人かもしれないけど(笑)

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そんな風に考えたら、隣の芝生は青く見えるけど、もしかしたら逆から見たら枯れ草に見えるかもしれないし、隣の家からみたら、私の生活こそ青々として芝生に見えるかもしれなくてね。

もっとも価値観って多様化していて、自分が感じてる価値が全てではないし、他人が主張してる価値観が全てでもないんだよね。
そんなことを理解しながらSNSを見れば、もっと優しく接することが出来るんじゃないかって思うんだよね。

ただ、あまりにも価値観を押しつけられるような投稿を連発されると正直うざい部分も確かにあるとは思うけど、それも自分と違う価値観に触れるチャンスだと思ってね。

要するに、リア充自慢はなくならいなから、それを受けるスタンスを変えないと無駄に自分をすり減らすだけだぞ!っていう事なんだけどね。


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