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年齢のせいなのか、何かに向き合うときのそのスタンスとなる軸を変えようと思っている今日この頃。

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もしかしたら人によっては、この人何言ってるの?って意味不明なことを書くかもしれない私の思考や感覚的なお話。

私は、今までマラソンに対しても、仕事に対しても、マラソンをするにはどうれば良いか?仕事をするにはどうすれば良いか?マラソンで良いタイムで走る為にはどうすれば良いか?仕事で良い結果を出すにはどうれば良いか?
そんな風に、思考の中心には常に、何かをするという行為があって、その結果を出すためにはどうすれば良いか?という風に考えることが多かった。

要するに自分の軸の部分は感情は関係なく、すること、しなければならないことがあって、思考の先には、その結果を出すための最善の方法を考えるということを繰り返していて、思い通りの結果が出せない自分をダメだししたり、凹んだりしてね。
たぶん、この生き方が人間が成長するという意味では正解なんだと思う、反省しない者に成長はないと思うから。
でも、私みたいなメンタルが弱い人間の場合、もう一人の自分が結果を求める為の最善の方法の理屈はわかってるでも、それがストレスになって苦しく感じることが多々あった。

そんな生活を送ってると、良くネットあるメンタルが強くなる為の10の方法とか、やりたいことが達成出来ない3つの心理とか、そんなメンタル的な記事が気になって読んでみたりして、ふと気付いたことがある。
その気付いたことは、どれも自分をストイックに追い込まないこと、メンタルを楽にして執着しないことが共通してることに気付いた。

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気付いたことから、もしかして、自分のスタンスの軸を変えればもう少し楽に生きられるんじゃないかと思うようになって、することしなければならないことが軸にあるから、結果を思考して苦しむ。
だったら、心の軸に「楽しむこと」「楽しいと感じること」を置くことにしたらどうか?と考えるようになった。

例えば、まず仕事をするときに、自分の軸にこの仕事を楽しむにはどうしたら良いか?問いかける。
そうすると、私はゲーム感覚でやってみようか?とか、よし!30分で終わらせることに挑戦だ!とかと考える。
マラソンでも、今日のマラソンを楽しむにはどうすれば良いかと考える。
自分の気持ちの赴くままのペースで走ってみようとか、沿道の声援に手を振って走ってみようとか。

そう考えると、もともと全ての自分の軸の基準が楽しむことになるので、例え結果的に楽しめなくても、凹んだりマイナスになることは絶対にない。

場合によっては、今日は楽しめないので、これをやらない、これをしない、ここで止めるのもありかな?と思ってる。

この話、凄くわかりにくい話で、次元の違う話を一つにして話してると思う人も居ると思うけど。
人間の心ってそもそもが多次元的だと思うから。
だから、行動を軸に置くじゃなくて、感情を自分の軸に置く。動物的なのかもしれないけど
でも、そうすれば少しは何事にも楽に向き合えるかな?と最近思ってるお話でした。


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