たぶん私の記事のどこから埋もれてると思うけど、前にストイックなランナーは向こう側が透けて見えてしまいそうな努力を足下に少しづつ積み上げて、その努力の積み重ねで高いところにある目標に少しでも手が届くようにしているという内容の記事を書いたことがある。
この足下に積み上がる努力は、本当にペラペラで薄くて破けそうなときもあるし、希に少し厚めのときもあるかもしれない、ただ、目標に対して行動を起こしたら絶対に何かが足下に積み上がるし、逆に何もしなかったら、自分の体重で凹んで行くものだと私は思っている。
突然、こんなことを書いても意味がわからないかもしれないけど、実は、とある資格の勉強方法についてネットで調べていたとき、資格なんて取っても無駄だ!という記事を目にした。
その記事を読んで見ると、資格は無駄ではないけど、下記のタイプについては無駄だ!と言っていた。
・年齢がある程度いってる人
・仕事とあまり関係がない
・実務経験がない
とそんな人はその人曰く資格取得は無駄らしい。
恐らく、私がしている勉強は、この人のいう無駄グループのど真ん中に入ってる。
確かに資格を一番有効活用できる人生の最短距離を進んでいるとは自分でも思わない。
ただ何故?無駄だ!と言い切れるのかと疑問を感じた。
ランナーの人達ならわかると思う、40歳、50歳もしかしたら60歳から走り出した人も居るかもしれない。
たぶん、こんな人達は走るということで世の中で評価されて結果を出そう!と思って走り出したとしたら、確かに遅いとは思う。
でも、実際は走り続けてる人は沢山いる。
ウルトラマラソンの世界なんて、20代の子が走ったら、お年玉でもくれそうなくらいの年配の人も沢山居る。
それはたぶん、走ることで世の中で認められることはなくても、得られるものがあるからだと思う。
これは何にしてもそうだと私は思う。
最短距離、効率化、最大の効果を求めて!と思って何かの行動を起こすことは間違ってないと思う。
でも、決して、そうじゃなくても行動を起こしたことは無駄じゃない、必ず何かは得られるはずである。
逆に、最短距離、効率化、最大の効果を求めて!と口にする人ほど、結局追い求める理想が高くて何も行動を行動を起こせない人が多い気がする。
実際、人生はいつどうなるかわからない。
そう思って、無駄だと思うことはしない!という考え方もあるだろ。
だからって、最短距離、効率化、最大の効果を求めて!を考えて、何もしない時間を過ごすよりも、もしかしたら遠回りだったとしても、何か行動を起こして足下に努力を積み上げていくことで得られることも多いはず。
そんなことを頭でわかってる人も多いかと思うけど
それでも何か行動を起こすことを無駄という人は、努力したくないことを理由付けして正当化してるだけではないのかと…思うのでした。
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