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越えたいものがあると焦るけど、与えられた環境でベストを尽くすことにするよ。

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最近、実はジレンマの日々を送っていた、富士登山競走まで1ヶ月。参加案内まで週末に届いた。
相変わらず富士登山競走の参加賞は、使いみちに困る感じのものだが、今回のリュック?バッグ?も例年と変わらず、富士登山競走が高倉健になって、「自分、不器用ですから…」的な感じが伝わってくるものだったけど…。写真撮り忘れたので写真はないけど…。

今の時期は、その富士登山競走へ向けての試走の情報を良く目にする。
私も過去2回8合目敗退してるので、富士登山競走の練習には、富士山が一番良くて、体力面、身体を低酸素状態にならす為にも富士山での練習が完走への近道であることはわかっている。

それがわかっているのに、富士山どころか、登坂力強化のトレーニングで山トレさえもままならない状態の自分に猛烈に焦って、今年も完走は無理か…と完走できない理由ばかりを考えて腐ってる自分が居た。

たぶん、この感覚って、目標タイムや、目標とする大会に向けて、練習してるときに、何らかの事情で自分のイメージしてるトレーニングを積めていないときにみんな抱えたことのあるジレンマみたいなものだと思う。
越えたいものが高いければ高いほど、自分が理想とする練習内容があって、それに届かない、取り組めない自分を責め続けるような感じの日々。

そんな自分を責める状態が実はしばらく続いていた。

ただ、何かのきっかけがある訳ではないけど、ふとした瞬間、開き直りの神が降臨した。

仕事を持つ大人だし、家族を持つ大人だし、住んでいる場所、周りの環境、もしその全てが自分の目標するものにはほど遠い環境だとしても、与えらた環境でベストを尽くせばいいかと。

私が、完走しようとしまいと、目標を達成しようとしまいと、周りは何も変わらないし、誰かを助けたり、幸せに出来るものでもないし、ただの自己満足での話だし、今更完走出来たからってヘタレイメージを払拭できる訳でもないし、ハーレムのようなウハウハな明るい未来が待ってる訳でもないんだから。

だから、自分らしく、自分が出来る方法で、それが近い道とか遠い道とかいう人が周りに居たとしても、自分の土俵で戦えば良いかな?と…。

生害スポーツと考えた場合、結果は一瞬で大切なのはプロセスだからね。
そのプロセスが結果につながらなかったとしても、もう一度やり直せば良いだけだから。

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